「中4期の佐藤 仁さんインタビュー」-- 中4期 佐藤 仁さん
豊多摩リンクスのリンク集にもホームページを登録されている、中4期の佐藤仁さんにお話をお伺いする機会を得ました。
4月の少し汗ばむほどの陽気の日の午後に、佐藤さんのご自宅のある駅近くでお話をいろいろとお伺いしました。(2003年4月18日 インタビュー:36期 嶋林)

佐藤さんは1943(昭和18)年5月18日に東京府立豊多摩中学校に入学されました。
「中4期」というと旧制中学の時代で、当時は男子校5年制だったということです。3学期制で、1学年3クラス編成で「甲」組「乙」組「丙」組、という呼び方だったそうです。
ちょうど戦時中ということで、一時的に川越に疎開・転校されましたが、豊多摩に戻り、卒業されています。
在学中に新教科の英語を学ばれました。ご本人は熱心に英語を勉強されたということはないとHPに書かれていますが、戦後英語の必要性を強く感じたり、すばらしい先生方に出会えてきちんとした英語を勉強されていらっしゃったのではないでしょうか。
※佐藤さんの豊多摩時代についてはご自身のホームページ「Jin's Homepage!」に詳しく書かれておられます。
「わが人生の歩み」4.中学時代と英語 をご参照ください。
佐藤さんは43年間教師を勤められ、退職後も積極的に地域活動をなさっておられます。
英検の面接官・パソコン普及活動、特にパソコンについては、佐藤さんご自身がすばらしいご活動ぶりで、感心することしきりです。
現在は地域のバーチャルコミュニティの中にもホームページをお持ちで、幅広い方々との交流をはかっておられます。
そしてパソコン普及活動と共に、ご自身のホームページは内容豊富で、インターネット上の自分史として大変に読み応えのあるすばらしいものになっています。
※「わが人生の歩み」W.教師退職後の諸活動 をご参照ください。
佐藤さんへ稚拙ながらインタビューをしてまいりました。
Q.
インターネットに関わるきっかけやホームページを作り始めたのはいつですか?A.詳しくはHPの
「わがパソコン歴」を読んでいただければと思いますが、インターネットについては10年前です。
語学ラボラトリー学会(LLA)関東支部中学部会のレポート作成でインターネットやホームページについて、LLAでも必要性を感じたことから、私が声をかけたところ、じゃあ佐藤さんは作らないの?となって、私もやりますよ、と・・・。ホームページを作り始めたのは6年前の1997(平成9)年です。
その前は古くからタイプライター、ワープロ専用機、と英語教師時代から必要だったので使っていました。
パソコンは約5年前に初めて1代目を、1999(平成11)年に2代目を購入しました。現在は3代目でWindowsXP搭載のノートパソコンを使っています。
Q.
どんなツールでホームページを作っていますか?A.今はIBMのホームページビルダーVer.7を使っています。Ver.2の頃から使っているのですよ。
Q.
ホームページを作るに当たって苦労されることはありますか?A.いろいろ四苦八苦しました。特に手紙やハガキを画像としてホームページに掲載していますが、最初はスキャナーを使わず初期のデジカメで写真を撮って掲載したのですが、簡単にはいかず、大変苦労しました。その後、ある先輩からスキャナーの活用を教えてもらい、大変重宝しています。
Q.
ホームページを開設して旧友との再会が果たせましたか?A.教師時代の教え子たちからメールをもらったり、外国からメールが来たりしています。豊多摩同窓生からはあまり連絡はないですね。
Q.
ホームページを開設して新しい出会いはありましたか?A.LLAから声がかかったりしています。また出会いというか、多方面、幅広い年齢の方との交流が生まれました。
Q.
卒業後、豊多摩と強く結びつきを感じたことはありますか?A.4〜5年前まで同窓会の理事をつとめていました。戦時中に在学していたので強い印象があります。
Q.
豊多摩時代はどんな音楽・小説・ファッションが人気でしたか?A.当時、我が国は、私たちの小学校6年生で太平洋戦争を始め、世界を相手に中学3年の8月まで戦ったのです。従って、終戦までは国中で音楽・小説・ファッションなど全ての分野に亘り敵国である英米などのものは排除されました。おしゃれは禁じられ、「欲しがりません勝つまでは」という標語の下、女性は皆「もんぺ」という戦時服を着ていました。今とは丁度正反対に物資が国中で不足し、だんだん食べるものにも不自由しました。敗戦後も同じで、皆着る物も食べる物も不足し体育の授業が中止されたこともあります。
しかし、母校では戦時中でもきな臭い雰囲気は殆どなく、朝礼で「ルネッサンス」の話をされた先生もありました。
音楽は「荒城の月」が印象に残っています。私はクラシックが好きで、シューベルトを良く聴いていました。
夏目漱石の本をかなり愛読し、息子に「親父の文章は漱石の影響をうけている」と言われたことがあります。新渡戸稲造、芥川竜之介、高山樗牛、戦後はトルストイやシェークスピア(日本語)なども良く読みました。
Q.
ネット拒否反応の豊多摩同窓生への伝言を!A.「コミュニケーションの大切さ」これを伝えたいです。医師の日野原先生が「世代を超えた共通の思い」ということをおっしゃっておられたのですが、まさにインターネットはこれを体現できます。
自己主張することはとても大切なことで、インターネットにホームページを持ち、自分のことを書いたり、自分の思いを披露することは自らが「生きている証(あかし)」でもあると思います。
やってみると楽しくてしょうがないですよ。積極的にコミュニケーションを取るといいと思います。
--- 佐藤さんは、とても楽しそうに豊多摩時代の思い出話をしてくださいました。
私(36期)を含めて今の高校生よりもずっと大人としての考え方・行動をなさっていた印象を持ちました。
パソコンの話になると今度は少年のように目をきらきらと輝かせて、いろいろな話が飛び出しました。最初のパソコンを購入するときの話や、ホームページを作り始めたきっかけについてなど、次から次へと楽しいお話があり、ついつい聞き入ってしまい、メモを取る手が止まってしまっていました。
息子さんのご指摘の通り、佐藤さんのホームページの文章は、夏目漱石風の文体だと思います。思わず読みふけってしまうほど、その文章には魅力があふれています。
午前中は地域の会合に出席されたということで、そのバイタリティには頭の下がる思いです。
またお会いすることをお約束して帰りました。
佐藤さん、本当にありがとうございました。(36期 嶋林)
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